新春対談 玉井繁×官浪伸次
官浪: 今日はシードの元社長であり、世界初の修正テープ「ケシワード」を開発 された玉井さんに「消すものづくり」についてお聞きしたいと思います。まず、シードさんの歴史についてお話いただけますか?
玉井: 私は2013年から2019年まで社長を務めました。シードの前身・三木康作ゴム製造所は大正4年に創業し、ホースやタイヤ、靴底などのゴム製品を製造する会社でしたが、戦争になって生ゴムの材料が入りにくくなったため、商品を絞り込んでいく必要があり、学校教育が整備される中で文房具の将来性に着目して「消しゴム」に特化した専業メーカーとして再スタートしました。そして大きな転機となったのが、プラスチック消しゴムの開発に取り組んだことです。研究をすすめ昭和31年にプラスチック消しゴムの生産を開始し、その後も品質改良を重ねて昭和43年に最高級のプラスチック消しゴム「レーダー」を完成させ、大ヒット商品となりました。
官浪: 紙に鉛筆で書いた文字が消せるという消しゴムの原理に興味があるのですが。
玉井: 消しゴムは1770年にイギリスの化学者・プリーストリーが生ゴムに硫黄を混ぜて加熱する(加硫)ことによって書いた文字を消せることを発見したことに始まります。紙面に圧着したカーボンを吸着し、ゴムの表面が削れることによって新しい面を出して次のカーボンを吸着してまた削れる、これを繰り返しで消せるのだろうというのが最有力説です。但し科学的に証明された実績は不思議とありません。
官浪: プラスチック消しゴムの開発についてもお聞きしたいと思います。
玉井: 消しゴムは当初天然ゴム製のものしかなかったのですが、天然ゴムは紫外線の影響等で徐々に劣化していきます。原材料の色はアメ色で独特な臭いがし、また着色しても濁った色になるなどの難点がありました。そこで原材料に塩化ビニールを用いて可塑剤を混ぜ合わせて加熱することで優れた特性の消しゴムになることに着目し、生産を開始しました。これがプラスチック消しゴムです。無臭で純白そして劣化しない、消字率が高いなどの特性があり画期的な消しゴムとして注目されました。これが昭和30年代ですね。しかし、目新しさだけが先行して売れ行きは芳しくなかったのです。そこで品質改良を重ねた結果、昭和43年に最高級のプラスチック消しゴム「レーダー」を完成することができました。最高級品と銘打ったレーダーは消しゴムとしては高額であったために、発売当初の売れ行きは鈍かったですね。大きな転機となったのは昭和45年に「暮しの手帖」で行われた消しゴムテストでした。当時は粗悪品も出回っていた時代ですが、消しゴムの中でレーダーが最もよく消せるということが実証され、信頼性の高い雑誌に掲載してもらったことにより、爆発的な人気商品となりました。
官浪: NHKの朝ドラ「トト姉ちゃん」でも話題になった「暮しの手帖」の影響は大きいですね。その後は「ねり消し」を発売されましたね。
玉井: 当初、「ねり消しゴム」は画材専用商品として存在していました。デッサンの時にトーン調整するためのものです。その感触が面白かったのでこれを子供向けにリメイク(1977年)したのが練り消しです。香り付きのファンシー消しゴムも多数発売しましたね。プラスチック字消しは形状、匂い、色が自由に駆使できる特性があり、「ファンシー字消し」という分野を最初に手がけることができました。ただ、あまりにリアルなものも出来たため、板チョコと見た目もほぼ同じものも作ることができ、間違って食べた、ということも起こりました。香料を含めて原材料に毒性はありませんが、日本字消し工業会としては間違って食べやすいものは製造しない取り決めも行いました。
官浪: そして、玉井さんが開発された世界初となる修正テープの話に入りたいと思います。
玉井: ボールペンがどんどん普及し、消しゴムでは消せないということになり、アメリカで修正液「リキッドペーパー」が誕生しました。日本でも丸十化成が「ガンジー」の名前で修正液を発売し、広がりました。「消しゴム屋なのに何故修正液がないのだ」と言う声もあり、シードも丸十化成のOEMで販売しました。しかし、パッケージを変えただけの商品で全く売れませんでした。その時に「類似品ではダメ」「今までにないものを作らないとだめ」「何とか見返したい」と心底思いました。修正液を超えるもの作らない限りこの世界で勝てないと奮起しました。修正液には「乾くのが遅い」「臭いがきつい」「修正後が凸凹」「衣服につくと取れない」など潜在的な不満が意外と多く聞かれました。そこでそれに替わるもの「乾いているものを貼ったらいい」と単純に思ったのがスタートです。ヒントにしたのは、当時出始めたミニカセットテープはカッコ良くて大きな刺激になりました。完成形はテープ式にしたいという構想で研究を進めました。紙には転写しやすく、テープ状の時はテープからはがれないもの(裏移りしない)、という必要性が求められました。テープは極限まで薄くして。なおかつ下の文字が写らないこと。昔のレーダーには消しゴム本体にデザインが転写されていました。その技術を応用した簡易剥離という転写テープを作ることとした。試作品はすぐにできましたが、実用に耐えられる品質にたどりつくまでには様々な試行錯誤を5年ほど繰り返し、平成元年にようやく商品化することができました。
官浪: それが世界初となる修正テープ・ケシワードの誕生ですね。
玉井: この商品はテープ手動巻きであり、大きくて縦引きだったので、翌年に横書きに対応したヨコ引きで自動巻きに改良された「ケシワードⅡ」を発売することができました。基本特許と横引き特許を取得しました。これで一気に市場に修正テープが広まっていきました。
官浪: 日本生まれ「修正テープ」の発明は、まさに「消す文化」ですね。シードさんが世界で初めて作った修正テープですが、日本市場ではトンボ鉛筆のシェアが高いような気がするのですが。
玉井: そうですね。シードは自社が世界初ということをあまりPRしなかったですね。修正テープの技術を応用した「テープのり」や「柄テープ」も権利範囲に入れればよかったなあ、と少し惜しい気もありましたが。
官浪: やはり「消すものづくり」のシードさんらしいですね。今後どのような「消す」商品が誕生するか楽しみです。
玉井: 消しゴムで培った技術を応用した壁の汚れ消しゴムや、ハンコの汚れ落としなど異業種分野にも広がりつつあり、2022年末には新本社工場を豊中市に移転すると聞いています。次の開発商品も期待したいところです。
官浪: 今日は「消すものづくり」について貴重な話をお聞かせいただき、ありがとうございました。
玉井 繁 (たまい しげる)
シード株式会社 元代表取締役社長(2013年-2019年)
世界初となる修正テープを開発したことで知られる製品開発者
Bungu Pocket会
副代表理事