官浪の文房具雑学~株式会社 墨運堂編~

墨の歴史は定かではありませんが、今から約2000年も前の中国・漢の時代に造り出されたそうです。日本には、推古18年(610年)に朝鮮半島の高句麗から僧・曇徴が訪れ、紙や墨などの造り方をもたらしたことにより、伝わりました。日本の墨づくりは、朝廷のあった明日香の地で始まり遷都とともに奈良へ移りました。奈良は社寺が多く学問の中心として栄え、写経などの学問に必要な墨づくりの工房は、現在も受け継がれています。当初は松を燃やして煤を集めた松煙と膠を原料とした「松煙墨」が主流でしたが、室町時代からは興福寺の燈明の煤を集めてつくった油煙を使った「油煙墨」が製造されるようになり、その光沢のある良質の「奈良墨」の評判は高まりました。奈良墨は全国シェアの95%を誇り、伝統と文化を今も守り続けられています。奈良墨は、2018年に「経済産業大臣指定伝統的工芸品」として国の指定を受けました。昨年の12月に、奈良市西ノ京にある その奈良墨の製造で有名な「墨運堂」を訪問させていただきました。墨運堂の本社に併設された「墨の資料館」で、館長である影林さんによる墨工場の型入れ実演・にぎり墨体験、そして墨の歴史・変遷や各種墨の特徴、著名作家の書画作品の紹介等について詳しく説明をいただきました。今まであまり触れることのなかった奥の深い「文房四宝の世界」を体験できました。墨は、つくられてから30年から50年で最も冴えた墨色を示し、100年で鑑賞用・愛玩用へと移る。一方で紙にえがかれた墨の色は、1000年を経ても消失させずに残せるという素晴らしい筆記具です。墨運堂は、1805年奈良市の餅飯殿において御坊藤と称した屋号で墨の製造を始められ、1950年株式会社墨運堂を設立されました。1952年に日本で初めて書に使える練り状の墨「墨の精(練墨)」を発売。1961年には、そのまま使える書道用液体墨「墨の精(墨液)」を発売されています。1997年〝一銘柄一墨質‟の百選墨100種完成記念墨「鶴」を発売。2008年には、指に付けて指で書くように使える新感覚の筆「ゆび筆」を発売され、子どもや介護現場の方々に好評となりました。最近では、墨をベースにつくられた、淡い彩度の中に仄暗さを感じさせる儚げな色彩の世界を表現できる「絵墨淡」も発売され、初心者からプロまで多くの方々に愛用されています。 創業以来218年間、墨の製造一本で歩んでおられる墨運堂さん。長い伝統の上に新しい素材、技術、知識を取り入れて、変化する時代のニーズに応える製品の研究開発で、日本人の書く・描く文化の新しい可能性を追求し、日々創意工夫されている素晴らしい企業です。伝統にもとづく「品質本位」の製品づくりで、更なる発展を心よりお祈り申し上げます。

Pocket